
大学三年生、ヨーロッパ横断中のとき。
アルバニアをあとにして、ぼくはコソボのプリシュティナという町へ向かった。
紛争が起きてから間もない地。
未知の風土へ足を踏み入れ、期待と不安半分の気持ちを胸にしていた。
そのときは、まさかあんな出来事に遭遇するとは 思いもしていなかった・・・。
●カウチサーフィンを使う

ぼくはそのとき、Couchsurfing (無料で現地の人に泊めてもらう&交流する旅人用プラットホーム)を利用していた。
「この日くらいに、コソボに着きます」と投稿することで、現地の人に通告される。
そんな中で、「泊めてあげられるよ!」というメッセージが来たのだ。
プロフィールを見てみたところ、他にも泊まった人のレビューが十数件。
どれも「彼は親切だった」という評判だった。
おまけに、ぼくが「コソボの歴史や社会について知りたい」と書いていたので、
「よければ僕の視点から 語れることは語りたいと思う」と返事があった。
年齢は20代後半くらい。写真とレビューも見るに、知的で紳士的な人物だな、と思い すっかり安心しきっていた。
●バス停で迎えてくれた

アルバニアから高速バスで国境を通り、町に到着したころ。
すでに斜陽がかっていて、あたりは暗くなっていた。
降りたところで彼と待ち合わせの約束だった。
しばらく見当たらず、あたりをうろうろしていたが やがてそれらしき人物を発見。
向こうも気が付いたらしく、満面笑顔でこちらに向かってくる。
「Hi! You are the Fukurou, right? (やあ!君があのフクロウだね?)」
そうだよ、といい ピックアップしてくれたことに感謝を伝える。
…あれ? もうひとり、同じアジア系の人が一緒にいるぞ?
「Ah, he also came to this city right now! I thought you were him, but it was not. Just all coincidence, haha
(あぁ、彼も今ちょうどこの町に来たんだ!同じアジアフェイスだから、君かと思って声をかけたんだけどどうやら違ったみたいで。でも偶然に会えた友だちさ、はは!)」
なんと。こんなこともあるもんだ。
自分だと間違えられて、勝手に彼に捕まったらしい。
そのもうひとりの人と軽く会釈して、自己紹介。
どうやら彼は韓国人の学生で、ドイツの大学で学んでいたらしい。
何を思ったか、同じくヨーロッパ横断を試みて、ここコソボにちょうど立ち寄ったらしい。
こんな同じタイミングで・・・。しかも年齢も一緒。まるで自分のドッペルゲンガーのようだった。
余談だが、この韓国人学生とはすぐ別れつつも、また別の形で奇遇な縁でつながることになる。
●何かがおかしいぞ・・・。

3人でディナーをし、しばらく町を歩いてから帰途に着くことに。
その韓国人学生は「俺は別のところにホステルとったから。これで失礼するね。」と言って、去っていった。
なにかやけに、妙な素振りで去っていった気がする。あたかも、何か警戒していたかのような・・・。
2人になり、ともに家へ向かった。
当時は11月の季節。コソボはなかなかに寒かった。
そんな折を見てか、暖かいコートを着ていた彼は 「寒いだろう」と言って、肩に手を回してくるんできた。
「ん?何かやけに、ハグが多くない?」
そのときはほんとうに寒かったし、フレンドリーさの売りな現地人の親切心からだと思っていた。
だから、うっすらと芽生え始めていた警戒心を明確にするのは 家に着くのを待たねばならなかった。
●「俺のベッドに入ってきなよ」

彼の家は、とても質素で けっこう狭い感じだった。
洒落た家具などはほとんど皆無で、リビングらしきところには ソファーが無造作にひとつポン、とあるだけ。
これが現地の人の暮らしなのか、と思っていたが 疲れもそれなりに溜まっていたため、早くベッドに就くことに。

…ん?
寝室、やけに狭くないか?
ベッドが二つ、間を空けずに密着していた。
脳裏にアラームが鳴り響き始めた。
「こっちの大きいほうを使いなよ」と彼は勧めてくるが、
なにやら芽生えだした疑念から、「いやこっちの小さい、端のほうを使うよ」と固辞する。
それでも再三と大きいベッドを使うよう勧めてくる(この時点で怪しい…)が、繰り返し拒否する。
それでようやく、彼と僕のベッドの棲み分けが決まった。
…がそれも束の間。横になって休みだしていると、「俺のベッドに来なよ」と甘い声で囁いてくる。
「いや、いいよ」と言っていたが、しつこく誘ってくる。
「やっぱ客人に小さいの使わせるの嫌だし。こっち使ったほうがいいからさ」といい、交換ということで、と仕方なく寄り出す。
しかし、彼はベットでぼくの体を抱きしめてきた。
割と力がこもってる。しかも、胸のあたりを腕で絡めてきていた。
「んん~」と、件の甘い声で呻いてきたところで、
「とうとうこれはほんとうにヤバいぞ」と、逃走経路を頭で計測しながら、
本気の力で彼の拘束を解き放ち、「ほんとうに嫌がっている」ことを示した。
「え・・・なんで?」という表情で、悪びれそうにないホスト氏。
「やめてください」と、真剣なトーンと表情で伝える。これ以上やったら、ほんとうに犯罪になるぞ、という意を含んで。
その状況を察してか、彼は
「悪かった。俺たちの間では、こうして抱き合ったりするのは普通なんだ。
だから、当たり前のことだと思って君にもしたんだ。カルチャーギャップだね。」と主張してきた。
なんと都合の良い言い訳を…。
このとき、ぼくは「この日が人生史上における最大の汚点になるかもしれない」という覚悟した気持ちを胸に抱いていた。
非常に恐ろしくはあったが、
それ以降彼は身を引き、反省の意を大いに示した後、おとなしくなったので
「さすがに 犯罪沙汰になりそうなところまでは行かないのだろう」と判断して、
結局そのベッドで一泊することにした。
深夜も深夜だったし、他に行ける宛ての宿泊場所もなく、
まったく知らない地でひとり身を晒すのも それはそれでリスクがあると踏んだからだ。
●レビューの良い人でも、カウチサーフィンは使い方に気を付けよう

翌朝。神経を張り尖らせながら過ごした夜を経て。
彼は普通に過ごしており、「俺はこれから仕事だから」と、そそくさと去っていった。
あくまでも、紳士的ではあった。人に危害を加えたり、嫌な目を与えるような真似までは しないのだろう。
実際、彼のレビューは良かったのだ。
「この男は非常に親切だ。」「困っているところをたくさん助けられた。」
ただ、今から思い返せば それら数十件のレビューはすべて男性からのもので、女性からのは一件もなかった。
単純に旅人との交流が好きで、現地を案内することもあるのなら 自然とどちらの性別の旅人とも交流があるはずだった。
カウチサーフィンを使うには、良いレビューに目を当てるだけじゃなく 多角的に人を見る必要がある。
そのことを強く実感した。
ぼくはすでにクロアチアやアルバニアでもこのプラットフォームを使っており、
現地の親切な人たちと触れ合っていたため この件でコソボの人たちのことや、
カウチサーフィンのすべてを判断する気にはならなかった。
それがせめてよかった。もしこれが初回だったら、もう使わなかったかもしれないだろう・・・。
ぼくは「今日一日救われたな」と思い、コソボ観光へ踏み出すことにした。
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