入学して三日で高校をやめた理由

フクロウ(@SasurauFukurou)です。

まずは、自分が高校をやめたときのお話からしたいと思います。

一番大きな理由は、高校に入学する前のこと。
さかのぼると、15歳のころだったでしょうか。
受験勉強に励んだ結果、都立の高校に合格し無事入学しました。
決して、学力的には悪くない学校。
傍から見れば、そこまで問題はなかったはず。

しかし、当時の自分はといえば あまりにも気持ちが沈んでいました・・・。


1. 第一志望だった高校に、受験失敗。

受験勉強したものの・・・
受験勉強をしたものの・・・。

当時、自分には すごく行きたいと思う高校がありました。

勉強面では最難関。それでいながら、キツキツとした雰囲気でなく
高校生も自立的勉強も学生生活も 楽しんでいる
オープンキャンパスにも出かけたのですが、
その学園生活にとても魅了されました。

緑・自然に包まれる おおらかな感じのキャンパス
私服が強制されない、自由そうな雰囲気
様々な国からやってくる帰国生、多様性のある文化
一生の友だちができるという寮生活
クリスマスでキャンドルを照らしたり、教会でコーラスを歌ったり・・・。

「ここに入りたい」と強く思い、中学三年生の夏からひたすら勉強を続ける。

こんなところで三年間、新たに学園生活を過ごせるなら。その思いで。

しかし、受験には失敗
そのモチベーションになるまで不勉強が重なっていたのもあって、
ものの見事に粉砕しました。

その後、”志望校” とは名ばかりの
「押さえ」として受験した高校に合格、他に選択肢はなく そのまま入学。
しかし 夢への期待が強すぎたのもあり 全てが色あせて 見えてしまいました。
何をするにしても「もう少しがんばれば 届いていた未来」と比べてしまう。

そこから、新たな高校生活へのやる気も すでに失われていました。


2. 人間関係があまりにも苦手

こうした落ち込みもあったんですが、
何より自分は 他の人と普通に話したり 言葉を口にするのが とても苦手でした。
そのおかげで、友達づくりも 全然 上手じゃなかった。
(今から調べたら 緘黙症〚かんもくしょう〛…特定の状況で人と話せなくなる、という 病気みたいなものでした)

自分の中学生活も、精神的につらい日々でした。
話したいと思うことがあっても、話せない。しゃべるというのが怖い。
特にいじめというのはなかったけど、 いつも 人におびえていた と思います。

人間関係にも悩み・・・
人間関係にも悩み・・・

「高校ではなんとか変えたい」と やる気になっていたんですが、
上で書いた通り 結果は残念なことに・・・。

入学してからも、周囲の人たちと どう話していけばいいのかも分からず
またしても 同級生と関わるのに恐怖してしまう。
いわば逃げるようにして、高校を去りたいと思っていました。


3. 本当に授業に行く価値、あるのかな?

こうした 精神面がつらかったのが大きかったんですが、
同時に 二日間ほど授業に通う中で
「これなら自宅で勉強すればいいんじゃないかな?」と思うようになりました。

 ①通学がつらい

「いやいや、誰でもそうじゃないか!」と言われそうですが…。
自分の入学した高校はある事情で、だいぶ離れたところにありました。
片道で一時間半くらいはかかるところ。
しかも東京都に住んでいたので、朝は毎日 電車でぎゅうぎゅうになる日々。
夕方ころに授業が終わって、疲れ切った体で帰るも 夜も少し遅くになってやっと家に着く。
朝も早いから早めに寝て、また繰り返し・・・。

この毎日の時間への支出がもったいないように感じました。
電車の中で本を読むにしても、人が混み合ってて座れないし 大して集中もできない。
それなら、学校へ行かなければ この3時間/日を もっと有効に活用できるんじゃないか?
自宅で勉強している方が もっと自由に過ごせるし、自分のペースで学べるんじゃないか?

そう思い、通学する必要ないかも、への一歩が進みました。

②高卒認定を受けて合格すれば、そのまま大学を受験できる

もともと中学のころ、担任の先生にたくさん悩み相談をしてきたのもあって 「高卒認定(=高校卒業程度認定試験…こうこう そつぎょう ていど にんてい しけん)」の存在は 前から知っていました。
「もし最悪のケースは、こういう選択肢もあるな」と思っていたら、まさにその最悪のケースになったので 真っ先に思いつきました。

「高卒認定」は、高校を卒業した人と同じ程度の学力があるかどうか、
を判断するための 国が開く試験 (ちょっと昔=2004年まで は”大検”と呼ばれていました)。
つまり、中卒 ➡ 高卒認定試験 合格 ➡ 大学進学、ということも 可能なわけです。

もし大学受験を目指すのなら
学力さえ自分の力で身に着ければ、高校に通う必要はないということです。

「大検のころはけっこう難しかったけど、高認になってからは だいぶ取りやすくなってるよ」といった 担任の先生の言葉も聞いていたため 
「じゃこっちの道で行こうか」と思ったわけです。

 ③授業を単に聞いてるよりも 独学が良いかも

もちろん、それぞれの高校や学校教育機関、また教科を担当する先生たちによると思います。

しかし、少なくとも自分が(最初の二日間だけ)授業を受けた身としては、
「この内容なら、別に独学でやるのと 本当は大差ないんじゃないかな・・・?」という気づきでした。

学校へ行く価値は、ほんとうにあるのか・・・?
学校へ行く価値は、ほんとうにあるのか・・・?

授業では教科書を使うけど、正直 それ以上のことをそこまでやらない。
自分で教科書を読んでいれば、それだけで同程度な気がした。

試しに一度、授業1コマの60分と、自分が自習した60分を冷静に比べてみる。
どっちがより多くの気づき、学びを得たと思うだろうか?
そうすると、自分の感覚としては 後者の方だった。
授業ではどうしても 生徒が多数いるのもあったりして
自分がたとえすでに知っていたとしても その内容を繰り返したりもする。
また、あまり生徒が積極的に質問をする授業設計でもなかった
先生がいるのは、自分が理解しようとしても どうしても理解できなかったことを聞くために いるものと思ったし、それが授業内でできないというのなら・・・。
自分で理解できるなら、そこまで自分でやればいいし それが一番効果的だ。

特に、英語の授業なんかは そうだと思った。授業のカリキュラムだと あまり話す練習に時間を取らないし、授業に通うことで 英語が話せるようになれるとは あまり思えない気がした。
それくらいなら、もっと自由な形で 自分なりに工夫して学ぶほうが もっと話せるんじゃないか、と思った。

毎日3時間を有効活用できる。
高卒認定という便利なシステムがある。
授業に行かなければ 自分のペースで学びを効率化できる。

こうしたメリットを考え合わせたことで、
授業は必ずしも行かなくていい!という決断に至りました。


三日で高校をやめた

三日で高校やめる
高校やめた。

以上の 精神的な悩み、苦しみ・・・そして学びへのちょっぴり前向きな姿勢から 高校を3日ほどで通うのを辞めました。

両親の配慮で 在籍だけはしていてほしいとのことだったため、
正確には 正式な中退とまでは行かなかったのですが、
いずれにしても それ以降 めっきり高校には行かなくなりました。

単位制(大学みたいに 取得する授業を生徒が選んで カリキュラムを自分で作るシステム)の高校だったこともあり、授業料も取得した単位に応じて発生するため 以降授業を全く登録しなかった自分にとって
お金も発生しないも同然でした。

ということで、以降の三年間を ひとり、独学で過ごすことになります。

そのお話は、また次回!

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